☆☆☆松陵会2012年総会講演要旨☆☆☆
歴史のつまみ食い
昭和38年機械科卒 高橋 豊

日 時 2012年5月20日(日)12:00~13:00
場 所 平塚工科高校 本館3階会議室

3.歴史のつまみ食い

3-1.日本人の心、武士道精神
 日本人の心、武士道精神の話です。昔の戦争では、主君に対する忠誠心などではなく、奉公は御恩の対価とする契約に基づく主君と郎党間の主従関係でした。この考え方は古代ローマの戦争でもみられました。日本は神の国、そこに仏教が入り込み、儒教が浸透しました。山岡鉄舟によると、武士道は「神道ニアラズ儒道ニアラズ仏道ニアラズ、神儒仏三道融和ノ道念ニシテ、中古以降専ラ武門ニ於イテ其著シキヲ見ル。鉄太郎(鉄舟)コレヲ名付ケテ武士道ト云フ」とあります。

 武士道は封建時代の日本で武士階級の倫理及び価値基準を体系化した思想です。新渡戸稲造が日本人の道徳的規範を外国人に平易な英文で紹介しました。武士道には、信実と誠実をなくして、礼儀は茶番であり芝居であるとある。柔道でも礼儀を大切にする。座礼は右の足膝を立て、左足から座る。立つ時はこの逆、左手に刀を持ち、常に相手を意識する。同時に相手を敬う心が大切です。相手が存在しなければ、勝負は生まれない。武士道は、仁義、忠孝など、儒教的倫理が、江戸時代に朱子学の影響を受けて変化しました。武士道の忠義は三国志からの影響が大きく、朱子学では諸葛孔明を義の人として高く評価しています。

 朱子学は、南宋の朱熹による儒学であり、性即理に基づき、社会との関係を重視しています。性即理とは、人間の持って生まれた本性(天理)が性、理は天地万物を主宰する法則性を意味します。理は人間の倫理道徳にも貫かれ、理は性であるとされ、性は孟子の性善説に基づく善、人間の本来性(理)は善であるが、現実の存在(気)においては、善を行ったり、悪を行ったりすると考えます。そして、学問により究極的な目標の理を体得して聖人になるとしています。

 なお、中国明代の王陽明がおこした儒教・陽明学では、個人の自己修養を強調し、陸象山の心即理を基本的な考え方にしています。心即理は、生まれたときから人間の心と理(体)は一体であり、心があとから付け加わったものではないという考え方です。その心が私欲により曇っていなければ、心の本来のあり方が理と合致し、心の外の物事や心の外の理はなく、心は即ち理であると主張しています。陽明学は、より良く生きて行くため、不安や葛藤から解放する修行法や心構えを説いた人間学、現実の人間社会に密着し、現実をより良くしようとする過程で、良知を目覚めさせる教えにより、不動の心を確立し、自らを鍛え上げていく実学です。社会問題は心の問題、心即理・知行合一・致良知(ちりょうち)に基づき、誠を尽くすこと、自分に嘘をつかないこと、良知を発揮することです。知行合一は、心即理に基づき、知と行は別々のものでなく、心の中の動きも行為とみなす。致良知は良知を致す。良知は是非善悪を知る能力、仁・義・礼・智の徳を発揮すると考えます。先程ご紹介した安岡正篤は陽明学者とされています。

 佐賀の葉隠によれば「武士道トハ死ヌコトト見ツケタリ」とあります。三国志の劉備と関羽と張飛の義兄弟の契り、一緒に生き一緒に死ぬと約束、漢民族の道徳の一つになりました。古人と語り、野叟と遊び、一旦感激すれば家国の為に英雄と共に死なんと欲す。乱世の世、政府も役人も法律も政策も、地位も肩書も名誉も、何物も信用できない。しかしながら、人間は何物も頼らずに生きられない。何かを信じ、何かと結ぶ。本当に信じ敬することのできる裸の人間、これと一緒に生き一緒に死ぬ。これが中国人の人生観、人間中心の人治主義になったと考えられます。

 武士道の本質は、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義などにあります。義は武士の掟の中で最も厳格なる教訓、義は勇の相手にて裁断の心、死すべき場所に死し、討つべき場所に討つ。勇は敢為(物事を押切り)堅忍(我慢)の精神、義しき事をなすこと。仁は惻隠(哀憐)の心、王者たる者の不可欠要件、柔和なる徳、人を治める王者の徳。礼は作法、他人に対する思いやりを表現、寛容にして慈悲、妬まず、誇らず、驕らず、非礼をせず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず、礼道の要は心を練ること。誠は信実と誠意のこと、言と成との表意文字、物事の終始。名誉は最高の善、人格の尊厳と価値の明白な自覚、恥を知り、苦痛と試練に耐え、寛容と忍耐強さの極致。忠義は武士的名誉の掟、服従と忠誠が重みを持つ。

 本来、善悪には基準が存在しません。歴史的にも地域的にも変化します。これを私は時間軸と空間軸による変化と呼んでいます。ニーチェによれば、強者が善悪の倫理を支配すると考え、貴族の善悪と奴隷の善悪を対比させ、キリスト教の道徳をも批判しています。善悪は各家庭によっても異なり、個人個人に違いがあります。江戸時代には無礼打ちと称して、武士が町人を切り捨てた。現代の道徳的基準は、個人の善悪ではなく、社会的な正義と不正に基づいています。武士道は基準の無い倫理観に一定の判断基準を提供してきました。そこからより正しい倫理観が求められると考えられます。子供の頃の私は、母の実家・山形で育てられました。そこの祖母は躾が厳しく、正座して「おやすみなさい」と言わなければ、寝かせてもらえませんでした。小学校一年生になると、食事の時に、お膳が用意され、一人前とみなされました。喧嘩をして泣いて帰ると、玄関に入れてもらえずに、勝つまで戦ってこいと追い出されました。考えてみますと、そこには武士道精神が流れていたように思います。


3-2.中国歴史の華、三国志
 中国歴史の華、三国志、特に三国志の人物像に着目したい。三国志は壮大な人間のドラマ、人間の行動、思考や議論、考えられるあらゆることが劇的に展開される。三国志正史や三国志演義を読むと面白い。本当の漢民族、本当の人間、本当の文明、本当の中国文化がある。三国志は人間学の宝庫、人材の変化に富み、人の見識や信念を培う上で楽しく、教訓や真理が豊かで、何度学び直しても魅力があり、有意義に感ずる。革命・創業の英傑には、学ぶという精神的修練、優秀な人材、運に恵まれるという三条件が必須です。魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権が代表されます。乱世の時代、夢と希望、人を動かす極意、己の信ずる正義、天運と才覚、広大な中国大陸を縦横無尽に駆け巡った人々の歴史があります。

 三国志から学ぶ知恵として、トップの選択と決断、責任ある地位に立つ者(曹操、劉備、孫権など)の選択と決断、対立と機会、敵と味方の区別、状況判断など、組織の論理とリーダーの条件を学ぶ。人間関係の妙味は、人の生きざまとけじめや駆引き、人の心の揺れ方と行動様式、部下の掌握と人材育成、信義と背徳、誠実と公正などのあり方にある。人材の生かし方、人望と人の和、虚名と実力、多彩な登場人物による出処進退を見る。勝者の条件、己を知り敵を知る。敗者から学ぶ教訓、勝者と敗者の違い。地形や自然環境の把握の重要性を知る。栄枯盛衰の理法、歴史と人物に学び、人間学と治乱興亡の法則、草創と守成、興隆と衰退、トップの資質から組織の原理原則を明示しています。

 特筆すべきは、諸葛孔明の智謀、史実の粉飾が無いわけではないが、天下三分の計、正確な現状分析、その知謀と計略、現実的に実行可能な事業遂行の青写真、提示した計画は現代企業の見本にもなる。赤壁の戦いでは、天に応じ、地に合せ、人に処る。必勝の戦略、呉の孫権を説得、周瑜との綿密な作戦計画、地形や天候を読み、敵の状況を把握し、基本的な大構想の実現に第一歩を踏み出した。七縦七禽(しちしょうしちきん)、用兵の道は心を攻めるが上策、城攻めは下策、南中の指導者の孟獲を心服させた。泣いて馬謖を斬る。私情を捨てた処断の大局観、軍律の厳しさを守り、蜀の国体維持を優先させた。

 諸葛孔明の兵法には、統率者のあり方を論じた将苑(心書:孫子・呉子・三略六韜・春秋左氏伝の集大成)あり、政治論・兵法論の便宜十六策「治国」「君臣」「視聴」「納言」「察疑」「治人」「挙措」「考黜」「治軍」「賞罰」「喜怒」「治乱」「教令」「斬断」「思慮」「陰察」などがあり、これらは現代の企業経営などに通じるものがあります。司馬懿仲達との宿命の対決、陣立比べ、食糧不足による撤退、死せる孔明、生ける仲達を走らすなど、見事なドラマが展開される。有名な孔明の遺書・出師表は、数限りなき戦いの世、人々の心を打ち、共感を引き起こす。孔明の思想・哲学には、その人生と仕事への気迫あふれる魂が込められています。

 将苑(心書)は主に統率者の道と兵法を論じています。将たるの道とは何か、言葉は簡潔だが、その意味するところは広く、人を深く反省させる。兵法論は中国古代の兵法の精髄が濃縮され、統率者の道を詳細かつ具体的に説いている。統率者の道、組織(軍権)掌握の鉄則、内部崩壊の要因(組織内悪質分子の排除)、人物鑑定法、最高最良の統率者(九つの顔)、統率者の器量と失格事項(幹部の欠点)と職責、統率者に必要な五善四欲、優れた統率者の条件、統率者のタブーと五強八悪、全権委任の強み(権限の与え方)、部隊(組織)編成の秘訣、成功(勝利)への三大条件(天に従い時に応じ人に依存)、統率者の知略と心得など、兵法論として、奇襲の極意、戦力の比較:敵を破る先決条件、地勢の最大活用、失格統率者への対応、敵情の探索法、組織統制の条件、部下に対する心得、成功と失敗の分岐点、人の和を重視、敵情の観察法などが論じられています。


3-3.古代ローマ帝国から学ぶ
 古代ローマ帝国から学ぶべきもの、国家とは何かを考えさせられる。古代ローマ帝国は試行錯誤の世界、自主独立で自由な精神をギリシャ都市国家の哲学や文化から学び、独特の共同体(市民権政策)に基づき、現実的で優れた政体と広大な普遍帝国を生み出し、文化や宗教の異なる多種多様な周辺民族を帝国の一員にした。ローマ人はリストラの名人、柔軟な社会改革を何度も遂行し、幾度もの帝国の危機を乗り越え、その都度、社会構造と国家体制を変質させてきた。古代ローマ帝国の残した文化的遺産は、土木や建築(道路・水道・公共浴場、etc)、ローマ法とキリスト教など、その歴史には「人間とは何か」を知るヒントがある。一定のルールと現実的な法による統治、紀元前5世紀頃、最初の成文法である十二表法が成立した。529年頃、東ローマ帝国でローマ法大全が編纂された。これらのローマ法は後世の法体系に多大な影響を与えた。ローマ法の思考様式は、一般的な法概念や法命題を様々な要素に分析、これを再度組み直すことで、ケース毎に具体的な判断基準を獲得する。これは判例法的な思考と基本的に同一のものである。ルネサンス(古典古代文化の復興再生)の基幹としてのローマ帝国、都市再生、文化・教育・芸術、過去の成果を模倣し、新たな人間社会の生まれ変わりを引き起こし、欧米文化に残した痕跡は大きい。

 代表的な「ローマ人の知恵と名言録」を幾つか紹介したい。
  1. ローマは英雄を必要としない国家、ローマ人の伝統は、敗者さえも許容し同化するところにある。敗者の絶滅は、ローマ人のやり方ではない(ファビウス)。
  2. 人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。どんな悪い事例とされていることでも、それが始められたそもそもの動機は、善意によったものであった(カエサル)。
  3. 賢明であることが、正しく書くことの基礎であり、源泉である(ホラティウス)。
  4. 善なるものが善き人を作る。生きることが重要なのではない。重要なのは立派に、思慮深く、勇敢に死ぬことなのだ(セネカ)。
  5. 最善なるものを選びたまえ。そうすれば、慣習がそれを快適に、かつ容易にしてくれるであろう(プルタルコス)。
  6. 自然はこのように命ずる。家庭における悪徳は、ひじょうに速く、かつすみやかに我々を堕落させる。健全な精神に健全な肉体があるように祈るべきである。死の怖れを持たざる強い心を求めよ(ユウェナリス)。
  7. この地においては、良き習俗がほかの地における良き法律よりも有効なのである(タキトゥス)。
  8. 肉体においてであろうと、国家においてであろうと、頭から広がる病気が最も重症なのである(小プリニウス)。

 最終的に、ローマ帝国は滅亡するのですが、その過程においても学ぶべき点が多い。最近、日本の政治の在り方で気になる点がある。特に、近代以降、議会が決議すれば何でも法になるが、より良い法の発現に努めるべきである。この点において、立法府の役割と責任は大きい。陳腐化している法もあるが、悪法も多い。例えば、個人的見解ではあるが、個人情報保護法などは欠陥法だと思っている。その法の影響で、同窓会名簿も作成配布ができない。私が加入している日本機械学会や電子情報通信学会などでは会員名簿の配布を中止している。何処に誰が住んでいるのかも「マル秘」扱いである。この世に生まれ、その存在すらも明示できない世の中になっている。この問題は、個人情報を悪用する人々の存在にある。個人情報保護法を盾に自己の存在すら否定する人は陰で後ろめたいことをしている人が多いように思う。法治国家では良い法律を作ることがより大切である。議員の素質を疑う時もある。ここにも議員さん居られますが、是非とも良い法律を生み、古い法律を見直して頂きたい。

 ローマ帝国の意味するところは、共同体と古代ローマの国家構造にあります。人間は一人では生きていけない。素手で猛獣と戦っても勝ち目は薄い。人間は自然との戦いに群れを作り協力し、力を合わせて生命の再生産をする。その中で言語が発達、脳力を磨き、高度な知性を獲得、集団で食糧を採取、あらゆる生活物資を自らの手で作った。弱い人間が集団(共同体)を形成し、家畜を飼育、大地からの食糧を獲得、社会生活の規律を作り、他の共同体と対立、強い共同体が生き残った。共同体の発展は内部の不平等化を増大させる。共同平等の所有から、専有個別の所有への変化がある。共同体は民族ごと種族ごとに発展の仕方が異なる。地理的・自然的・風土的条件、歴史的・人間的条件など、様々な条件により、個性ある共同体が生まれた。

 古代ローマ帝国の基本は都市国家、周囲の種族を征服・併合して大国家へ、法律に基づき個人の権利義務を明確にした統制、徳の実践と理性を最善とするストア哲学をローマ法に持ちこむ。初期は王政、民主政に移行し、紀元前5世紀頃に共和政の形態へ、政治機構は元老院と平民会議及び護民官、軍を統制する複数執政官から終身独裁官(後の皇帝)へ、王政の王が執政官、貴族政の評議会が元老院、民主政の民会が平民会議(三権分立の原型)へ移行したとも考えられる。中央集権制を基本にして、属州制や皇帝直轄州など巧妙な分権制を導入、柔軟な対応と法解釈により、異文化社会を統治した。平民を指導者層へ、敵対した属州の部族にもローマ市民権を与え、優れた指導者を輩出する仕組みを形成した。ローマ市民の直接税は軍役義務にあり、組織力と技術力が武器、道路網などの社会資本を充実させた。経済基盤は牧畜と農業が中心、激しい貧富の差のある社会、奴隷制が存在、狩猟と周辺の属州からの税収や異民族からの略奪で補った。マキャベリの「君主論」からは、君主政と共和政の考察があり、君主政が堕落すると僭主政に、貴族政が堕落すると寡頭政に、民主政が堕落すると衆愚政になる。

 共同体の発展と衰退およびローマ帝国の興亡を考える。共同体は内部の結束力の強さが弱まると衰退する。貧しい共同体から裕福な共同体に発展すると、獲得した土地や物資は共有物から部族毎あるいは家族ごとに占有し、個別的な所有の割合が増加する。個別的所有の不平等化が次第に拡大すると、共同体は分解する。共同体の発展とは所有の不平等の拡大を伴う分解のこと。それは周囲により結束力の強い共同体が存在することで、共同体の中心と周辺との力関係が逆転する。

 ローマ帝国は次第に豊かになり、女性の道徳が弛緩し、子供を産むのを嫌がり、強健にして聡明なローマ人が次第に消えた。ローマ帝国の場合、ゲルマン諸国が西ローマを次第に侵略、ガリア地域にフランク王国の発生など、ローマが現実的な政治の中心で無くなり、新たな中心は周辺へ移った。ローマ帝国の衰退は元老院議員達の超上流社会での生活様式の変化から発生、周辺と中心の共同体の結束力が逆転した。巨大財産は労働で獲得したものでなく遺贈、富豪者の利殖法は貸付け、金銭欲は底無し、所有する奴隷の数が人間の価値を決定した。質朴な生活から、浪費的な過度の奢侈(しゃし)と美食、悪徳者が栄え、貧乏人を軽蔑した。空虚な快楽と倒錯した欲望、食卓の贅沢は精神を堕落させた。食べるために吐き、吐くために食べ、不正によってかき集めた富を無駄に浪費した。

 また、ワインに鉛を入れると味が良くなる。ローマ人が愛飲し、次第に体格が悪くなり、知能は下がり、剛健で聡明なローマ人が消えていったようだ。私の現役時代、まだ若かった頃、外国の美味しいウイスキーを成分分析して、全く同じ成分の合成アルコールを試作した人がいた。それを試飲して本物と飲み比べると、ほぼ同じ味がする。成分を見ると、毒薬らしきものが含まれている。それを知ると、とても飲めたものではない。そして、性道徳の頽廃、女性のみだらな生態、許されぬ快楽が社会に蔓延した。家令は解放奴隷、女主人の持参金や貴金属や什器、葡萄酒や奴隷に至るまで管理、時には法律上の顧問や話し相手をした。男性社会が崩壊し、解放された女性は性の自由を謳歌、教養ある女性も上品な慎みを失い、恋愛は一種の戦い、愛欲は文化となった。


(文責:高橋豊)

戻る