東南アジア旅行記〜シンガポールの様子〜シリーズ第7回   

サルタン・モスク

 2000年7月に中国の上海と蘇州、翌年の9月末から10月初旬にかけてシンガポールとマレー半島最南端の町ジョホール・バール、 2002年6月には台湾の台北と花蓮方面を旅行した。

 いずれも観光が主な目的であったが、現地の人達との交流と気風に触れ、現実の状況をこの目で確かめることができた。

 「私の見た東南アジア」と題し、私的な旅行記を9回に分けて紹介しています。

(投稿 松陵会役員 高橋 豊) 
        
 
 10月2日は全て自由時間であったが、夕方のオプショナルツアー「トライショー&ニュートンサーカス」を申し込んでしまった。朝食後、ゆったりと疲れを癒し、現地時間の10時(日本時間11時)前頃に行動を開始した。ホテル近辺のアラブ街を散策、「サルタン・モスク」を見学し、ストリートの店を覗きながら、珍しい提灯等を買い求めた。

 ブキス駅から地下鉄(MRT)に乗り込み、シティホール駅で乗り換え、オーチャード駅へ向った。シンガポールの地下鉄は、良く出来ており、誤ってホームから線路に落ちることがないようになっていた。乗車時にバスカードのような切符をコインで行く先まで買い求める。紙幣は窓口でコインに交換してくれた。改札口を通過する時、カードが手前に出てくるので一瞬戸惑った。ブキス駅からオーチャード駅まで1人1シンガポールドルであった。

 オーチャード通りは日本の銀座通りをやや広くした感じであり、多種多様な人種が非常に多く行き来していた。いくつかの店に入りショッピングを楽しみ、途中のコーヒーショップで休憩し、アップルパイと美味しいモカコーヒーを買い求めて頂戴した。昼食は連日のバイキング料理で満腹のために抜き、歩き疲れもあり、サマセット駅からギブス駅へ戻ることにした。この時、運賃は1人80セントであったが、1ドル分を購入すれば、降りる時にカードが戻り、記念にカードが残ると考えた。しかし、キブス駅ではカードが戻らずに失敗、別に80セントのカードを記念に購入することになった。ホテルに戻り、一時の休息を取り、ホテル内の売店をショッピングした。

 夕方のオプショナルツアー「トライショー&ニュートンサーカス」は、サーカス(曲芸)を見に行くのかと思えば、サイドカー付き自転車でシンガポールの下町を見学し、夕食を屋台で頂くというものであった。つまり、サーカスの意味は「交差」であり、いろいろな人の出会う屋台での食事ということであった。チャイナタウンの近くを散策し、サイドカー付き自転車でリトルインディアからアラブストリートへ向った。途中、仏教寺院や赤線地帯を通り、泥棒市場を通り抜けた。シンガポールは自動車よりも自転車が最優先であり、その運転が日本ならば、交通事故続出の危ないものであった。歩く目線でシンガポールの下町の風景を楽しめたといえる。

 屋台での夕食は、伊勢海老等の海鮮物を主体としていたが、素材の良さに比べて料理方法がお粗末に感じた。また、ビールを注文したら、現地のタイガービールでなく、アサヒドライの樽が出てきた。しかも、その値段が約30ドル、チョット高かいようである。この日はシンガポール最後の夜、物足りない面もあるが、早めにホテルへ戻った。

 最終日の10月3日は、朝5:00起床、6:00に空港へ向けて出発、JL712便でシンガポールを後にした。なお、シンガポールの街はネオンサインが禁止され、植木類は豊富にあったが、夜間消毒が徹底され、虫類が1匹もいなかった。

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