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午後にホテルへ戻り、夕方から、オプショナルツアー「ナイトサファリー&ディナー」に参加した。
ディナーはサファリーレストランでのバイキング料理、腹ごしらえ後、徒歩ルートの散策、
カワウソやヤマアラシやベンガルヤマネコ等、多くの小動物を見ることができた。
次に列車型の乗り物でトラムルートへ、出発直前に強烈なスコールが襲った。トラムツアーの所用時間は約45分、
イーストループとウエストループを回って、世界各国の珍しい動物達を見学した。
トラムが動き出すと、スコールが止み、動物達が活動を開始していた。
ここは、周りを湖に囲まれた40ヘクタールの広大なジャングルであり、アジア、アフリカ、
南米に生息する約1000頭の夜行性の動物が飼育され、夕方からの見学の時間帯に活動するとのことである。
イーストループではヒマラヤ丘陵からネパールの谷へ、インドオオカミやインドサイやジャッカルやヒョウ等が見れた。
インド亜大陸からアフリカ赤道付近とインドネシア/マラヤ地域へ、ライオンやハイエナやオオツル、ナマケグマ、
キリンや水牛、マレートラ等が活動していた。ウエストループに入ると、アジア河川地域から南米草原地帯を経てビルマ丘陵へ、
大きなマレーバクやヒゲブタ、アシアゾウの群れ、オオアリクイ等、珍しい動物達がいた。
出口の横の舞台では、鷲のような鳥や小動物あるいは大きな蛇を使って、見事な楽しいアニマルショウが行われていた。
次の日、10月1日はシンガポールの子供の日、でも休日ではないとのことである。
ホテルの朝食はバイキング料理、メニューの内容は前日と同じ、部屋のキーを見せるだけでOK(宿泊が朝食込みの場合)、
多様な国の人々がいた。日本人は以外に少なく、顔の形は似ているが、話す言葉は、英語、マレー語、中国語等、多種多様であった。
この日は、マンダイ蘭薗とジョホールバール観光のオプショナルツアーを申し込んでいた。
マンダイ蘭薗は、シンガポールの高速道路(ブキ・ティマ・エクスプレスウエイ)でジョホールバールへ向う途中にあり、
個人が所有する約4万m2の緩やかな斜面の土地に、千種類百万本以上のランの花が栽培されていた。
ジョホールバールはマレーシア最南端の町であり、国内で3番目に大きな都市である。
越境のために、パスポート携帯は必須であり、ジョホール水道の国境で入出国の手続きをした。
シンガポールとマレーシアとの国境ジョホール水道には巨大な水道管が敷設され、
シンガポールはマレーシアから飲料水を購入し、その半分を清涼飲料水にしてマレーシアへ逆輸出している。
なお、シンガポールでは、食料を始め、あらゆる生活必需品を近隣諸国から輸入している。
つまり、シンガポールは経済先進国であるが、その経済的な基盤は、貿易、金融、観光、一部のハイテク工業製品の生産によって成り立っており、
農業や工業等、幅広い経済基盤が存在するわけではなく、世界経済の一部の重要な機能を担って国家が維持されている。
教育制度はエリート養成意識が強く、競争が激しいとのことである。厚生年金や健康保険等がなく、福祉制度は遅れているようである。
大局的に見れば、その中心となる民族が華僑(中国人)であり、マレー人の次にアラブ人が中流階層に位置し、
インド人などが経済の底辺を支えているようであった。一方、マレーシアは王国であり、マレー人が強く、イスラム教が広く布教している。
国境を境に道路状態の違いがあり、マレーシアの道路はシンガポールに比べて田舎道の感じがした。
マレーシアのジョホールバールには、ビクトリア様式のベサール宮殿(サルタン王宮)があり、
青の屋根瓦と白の壁が美しいコントラストを形成して輝いていた。この青の屋根瓦は日本の三河産とのことであった。
この宮殿は1866年に初代の王様アブ・パカールによって建造され、現在でも王室の行事に使用されているとのことである。
しかし、宮殿内は一般公開され、宮殿内で使用された食器類や各種のコレクションが展示され、博物館として開放されていた。
アブ・バカール・モスクはその外観を見学した。その後、村内に植えられているシナモンやバナナやコーヒー等の植物を観察し、
竹製の楽器アンクロンや太鼓による音楽と踊りを満喫した。土産物店はシルクや木綿のロー染め物、錫製の器、ヤシ人形や果物が売られていた。
ヤクザ風ガイドの「ティーさん」の案内が楽しかった。昼食は一流ホテルでのバイキング料理、日本人の口に合った料理が多かった。
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