東南アジア旅行記〜第4回シリーズ シンガポール 9回シリーズ
シンガポールでセントーサ島を眺望
 2000年7月に中国の上海と蘇州、翌年の9月末から10月初旬にかけてシンガポールとマレー半島最南端の町ジョホール・バール、 2002年6月には台湾の台北と花蓮方面を旅行した。

 いずれも観光が主な目的であったが、現地の人達との交流と気風に触れ、現実の状況をこの目で確かめることができた。

 「私の見た東南アジア」と題し、私的な旅行記を9回に分けて紹介しています。
仏教寺院の門
                                                                                                         

   2.シンガポールとマレー半島最南端の町ジョホール・バール
 シンガポールとマレー半島最南端の町ジョホール・バールを旅行した。友人夫妻を誘って、4人でシンガポール旅行への参加を申し込み、 大船より成田まで成田エクスプレスのボックスシートの指定席を確保し、成田発JL711便で出発、快適な旅が始まった。 横浜で乗り込んできた外人さんに成田エクスプレスの号数を確認されたり、成田のカウンターで手続きに若干の食い違いがあったり、 これから待ち受ける出会いとの期待があった。

  飛行機のフライトはほぼ定刻に出発し、雲上の人となった。米国の同時多発テロの影響で旅行客は少なく、空席が多かった。 窓から見える地上はネオンサイン等の街の明かりが美しかった。間もなく、機内ではスチワーデスさんが夕食の準備を始め、 やがて機外は闇夜の世界となった。 シンガポールのチャンギ国際空港まで約7時間であり、途中フィリッピン上空を通過したようであった。空港で入国手続き終え、 手荷物を受取り、出口に向うと、現地のガイドさんが待っていた。 ガイドさんの名は「ジャスミンさん」2人の女の子の母とのこと、40才前後のように感じた。この日はホテルへ直行した。 ホテルはアラブ街近くにある「ゴールデン・ランドマーク・ホテル」であった。地下鉄「ブキス駅」へ約5分、交通の便が良く、 比較的大きなホテルであるが、シンガポールでは中級ホテルの上クラスのようである。 私ども夫婦は8階の801号室、友人夫妻は9階の901号室であった。夜中に水漏れのような音がしたが、室内は清潔であり、 シャワーの使用も問題がなく、快適な空間であった。後に、水漏れの音は、9階の901号室らしいことが判明、 友人夫妻は9階の908号室に変更された。次の日から水漏れの音は消えていた。

  翌日、 窓から外の景色を眺めると、近くに金色のドームを持つ「サルタン・モスク」が見えた。そして、窓の下は「アラブ・ストリート」であった。 この日は日曜日であり、朝の礼拝に向うため、独特の衣裳で身を包み、歩く姿のイスラム教徒の人々が見えた。 そして、専用バスにてシンガポールの市内観光、マーライオンパークや仏教寺院や植物園等に行ったが、買い物ツアーの様相でもあった。 皮製品工場のショップや宝石類、シルク衣料センターや免税店等、家内は多くの土産物を買い込み、 何しにシンガポールへ来たのかと愚痴る始末であった。しかし、娘と嫁の皮製品、自分のためのイタリア製バックや指輪をチャッカリと買い求めていた。 昼食はドラゴンゲートの「食在龍門」にて飲茶料理、現地のタイガービールを注文し、数種類のシューマイ等で満腹になっていた。 また、市内観光中に写真やビデオを専属に写すアルバイトが観光バスに同乗し、結果的に、その旅行記録を買い求めることになった。 特に、ビデオについては私共4人のグループが1本のみ申し込んだ以外に誰もなく、 学生アルバイトの「ジミー君」はこの時から私共4人の専属カメラマンになってしまった。

  

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