東南アジア旅行記〜第1回シリーズ〜 上海    9回シリーズ
 一昨年の7月に中国の上海と蘇州、昨年の9月末から10月初旬にかけて シンガポールとマレー半島最南端の町ジョホール・バール、今年の6月に 台湾の台北と花蓮方面を旅行した。

 いずれも観光が主な目的であったが、現地の人達との交流と気風に触れ、 現実の状況をこの目で確かめることができた。

 「私の見た東南アジア」と題して、私的な旅行記を9回に分けて紹介します。
  (写真は 上海黄浦河沿いの夜景

 1−1.中国の上海
  中国の上海は、長江(揚子江)が東シナ海に注ぎ込むデルタ地帯の先端に位置し、 人口が約1,200万人、市街地の面積が約160Kuで東京より一回り小さく、 その昔小さな漁村であったというが、中国経済の発展を主導する経済都市である。

  1839年に起こったアヘン戦争による中国の敗戦により、上海には、イギリス、 アメリカ、フランス、後に日本が進出し、中国の主権のおよばない租界がおかれた。 租界は1949年の解放によって無くなったが、当時の建物等は今でも一部が残っている。

  最近、経済の自由化により、開発が急速に進み、郊外や浦東地区を中心に高層ビルが多く建てられていた。 そして、その規模は日本の横浜を遥かに凌いでおり、中国一の商業都市上海は、人も自転車も車も多くエネルギーに満ちあふれていた。

  上海は大都市であり、地方からの出稼ぎ人民の流入も多く、高い所得を求め、長い人になると、 5年や10年と建設現場などで泊り込みで働くという。中国全体で農村から都会への人口移動は1億人を超え、 日本が経験した高度経済成長期の10倍以上の規模で動いている。また、街中には、寺院や庭園などの中国風のものもあり、 西洋風の建築物などがごちゃまぜになった不思議な雰囲気があった。成田から中国上海への出発は、 週末金曜日の午後2時前、中国東方航空の便であった。

  日本と上海の時差は1時間、現地時間で午後4時過ぎに上海虹橋国際空港に到着、 入国手続きを終えて外へ出ると気温が40℃を超える猛暑、急いで迎えのバスに駆け込んだ。 上海では気温が42℃を超えると学校も会社も休みになるという。そこで、天気予報では気温が42℃を超えそうになると、 最高気温が41℃程度になりそうですと放送し、地域的に42℃を超えたとしても休みにはならないとのことである。

  空港から上海の中心地へは高速道路を車で約30分程度、宿泊したホテルは上海の花園飯店であった。 そこで上海の経済界を支える人達と交流しながらの夕食を終え、数人で上海の街中を見学しつつ、 黄浦河沿いの外灘へ出かけた。和平飯店の地下にあるジャズ喫茶にて、コーヒーを飲みながらジャズバンド演奏を聞く。 外はライトアップされた洋風建築が並ぶ上海の名所、大通りを挟んだ反対側の黄浦河沿いのプロムナードは横浜の山下公園に雰囲気が近い。

  ここの夜景は特別に美しく、浦東地区にある東方明珠塔(高さ468mのテレビ塔)のネオンが見事に輝いていた。 そして、上海人の話す上海語は、早口言葉で人々が口喧嘩でもしているかのように聞こえた。

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